ミルトン対ダンテ

Oct 15, 2024

先週の出来事は『失楽園』を彷彿とさせました。

コメント要約

  • 中東の予断を許さない状況などのグローバルな動きと比べて、経済指標は幾らか影に隠れたような印象を受けました。
  • 米国経済は現段階で底堅さを維持しているようにみえるものの、ハリケーンによる影響は明らかになっていません。
  • 日本では、10月27日に行われる総選挙が焦点となっており、石破新首相は支持基盤を強化しようとしています。
  • 英国債が他の主要国債をアンダーパフォームする傾向が見られており、その背景の1つには、英国のインフレ率がより粘着性を帯びていることがあるとみています。

先週の金融市場では、前週金曜日に発表された力強い米雇用統計を受けて急上昇していた米国債利回りが、幾らか落ち着きを取り戻す格好となりました。米国経済が現段階で底堅さを維持するとの見方は広がりを見せており、米経済サプライズ指数は(7月の-47から)+14に上昇したほか、アトランタ連銀GDPナウも7-9月期GDPが3.2%増と潜在成長率を上回る伸びとなっていることを示しています。

コア消費者物価指数(CPI)はこの数ヶ月間低下しなかった可能性があり、米連邦準備制度理事会(FRB)による追加利下げがこの先数ヶ月間で予想されているとはいえ、過去数週間でのFF金利のターミナルレートに関する市場予想の変化度合いには驚くべきものがありました。

米政策金利のターミナルレートは、9月の時点では2.8%と予想されていたものの、今や3.4%近辺で落ち着いています。現状の織り込みは、我々が考えるフェア・バリューに概ね近い水準であり、それを踏まえて先週は、短期金利の先物を通じて保有していた米国金利のショート・ポジションを解消しました。しかし、米30年債利回りの水準に関しては、弱気な見方を維持しています。財政政策の緩和はタームプレミアムが構造的に上昇する必要性を示唆し、米国債のイールド・カーブの長期ゾーンについては、5%近い利回りが妥当であると考えています。

一方で先週は、その他のグローバルな動きと比べて経済指標は幾らか影に隠れたような印象も受けました。中東では、イスラエルがレバノン南部に侵攻すると同時に、前週のイランからのミサイル攻撃に対する報復攻撃を協議しているとの報道があるなど、予断を許さない状況が続きました。

事態を分析すると、米国の選挙を前にして、ネタニヤフ首相は「エスカレーション優位(escalation dominance)」の状態を確立させたとみています。イスラエルの政権は、イランやその同盟勢力が、イスラエルの防空システム「アイアン・ドーム」による効果的な防衛をくぐって、イスラエルを攻撃するために出来ることがほとんどないことを十分に認識していることでしょう。

また、イランを攻撃し、イランがそれに報復すれば、米バイデン政権がイスラエルを支援せざるを得なくなることも認識しています。仮に支援できなかった場合、1ヶ月後の選挙でのハリス氏の結果に悪影響となり兼ねないためです。その意味で、イスラエルは要求水準を引き上げることが出来る立場にいるとともに、イスラエル国内のセンチメントの高まりもこれに拍車を掛けています。

同様に、仮にイランが、自らの武器がほぼ陳腐化していることを認識し、防衛のための能力に乏しいと自覚すれば、自ら核兵器を製造するための能力を強化する必要性が生じることにつながるとも言えそうです。

一方で、もしイスラエルや米国がその動きを察知すれば、ゲーム理論上は、そのような結末を避けるために今行動を起こさなくてはならないということになるでしょう。とは言いながらも、米国が可能な限り戦闘から距離を置きたいと見られる中、短期的にイスラエルの攻撃が核施設を標的にするとは想定しづらいとみています。そのような施設は地下300フィートにあり、より洗練された米国の武器が必要となるためです。したがって、より可能性が高いのは、経済に打撃となり、イランがもっと原油輸出をするのに必要な原油精錬施設を狙った攻撃であるとみられます。

このような憶測はともかく、グローバル市場にとって重要なのは原油価格の動きでしょう。これまでのところ原油価格の動きは概ね抑制されており、大半のシナリオ下において、イランにおける生産減を、サウジアラビアの生産能力によって補うことで、価格は1バレル=100米ドル程度が上限になるとみています。仮に衝突が激化したとしても、影響は限定的に留まるとみており、唯一、イランがホルムズ海峡を効果的に封鎖したり、スンニ派とシーア派の紛争を煽ることを期待してサウジアラビアの石油施設を標的にしたりするシナリオのみ、大幅な原油の値動きにつながり兼ねないとみています。とは言いながらも、そのようなシナリオも、イランの体制崩壊を加速させるだけの役割しか果たさないならば、非常に短命に留まると予想されます。

数千マイル離れた米国では、ハリケーン「ミルトン」が話題の中心となりました。「ミルトン」は、ほんの数週間前のハリケーン「ヘレン」に続き、フロリダ州の広範囲に壊滅的な被害をもたらしました。保険会社や、さらに重要なことに、その地で生活する命がこのような自然災害によって直接的に受けた影響にも拘わらず、債券市場における市場参加者の注目は、即座にその復興のために必要な金額と、それがもたらす経済的及び財政的影響へと移りました。再建は、経済活動にとっては正味で追い風となり、必要な資材や労働力が不足すれば、インフレ圧力にもなり得ます。

インフレの点に関して言えば、港湾労働者のストライキが短期間で一旦終了したことで、大きな問題には発展しませんでした。しかし、ボーイングで進行中のストライキに見られるように、労働市場は依然として逼迫しているようにも見受けられます。その意味で、米政策当局者は、インフレ率の目標への回帰を阻害する要因として、賃金上昇を早々に手放しすぎた可能性があると言えるでしょう。

日本では、経済指標や政策当局との面談内容から引き続き、労働供給不足による国内の賃金の伸びについて概ね建設的な見方をしています。短期的には、10月27日に行われる総選挙が焦点となっており、石破新首相は支持基盤を強化しようとしています。

その文脈で言えば、選挙を前に株式市場の押し上げを望むという視点からも、最近の石破氏のハト派寄りの発言を受け止めることが出来ます。もっとも、これら発言は、今年12月もしくは来年1月の会合での利上げに向けた日本銀行の検討にはほとんど影響を及ぼさないとみています。今月の会合では利上げの選択肢はないとみているものの、日銀が「イールドカーブ・コントロール」からの脱却を発表して以降、債券利回りは極めて安定的に推移していることからも、日銀が債券購入額の減額ペースを加速させたとしても不思議ではないとみています。

さらに、日銀や地銀などの国内投資家には、金利が上昇していく中で勾配のある(スティープな)イールドカーブを維持したい意向があるとみており、10年国債利回りの継続的な下支えになっている量的緩和から、日銀がより早期に脱却することは適切であると言えるかも知れません。

ここ最近では、英国債が他の主要国債をアンダーパフォームする傾向が見られています。その背景の1つには、英国のインフレ率がより粘着性を帯びていることがあるとみています。これまでにも述べた通り、英国における賃金上昇はサービス価格のインフレにつながっており、生産性の伸びがほとんど見られない英国経済においては、賃金の上昇が価格の上昇に転嫁されることは避けられないように思われます。

さらに、来月の予算案発表を前に、英国政府の財政政策に注目が集まっています。英予算責任局(OBR)と協力し、その計算に用いられている負債の定義を調整することで、レイチェル・リーブス財務相は最大で670億英ポンドを追加で支出に充てることが出来るとも言われています。

しかし債券市場は、たとえ支出が経済への投資を目的としたものであっても、発行が利回りに与える影響を考慮した上で、同額の半分近くであっても二の足を踏む可能性が高いとみています。労働党が既に、賃金妥結のための労働組合への支払いとして約90億英ポンドを支出していることを踏まえれば、市場の混乱を回避するためにリーブス氏が追加で支出に充てられる額は150-200億英ポンド程度しかないとみています。

労働党にとっては不運なことですが、昨年のトラス政権時代の記憶は今も人々に鮮明に残っています。トラス氏とクワーテン財務相(当時)が発表した減税は、当時約450億英ポンドで、英国債市場の混乱の引き金となりました。結果として、トラス政権はわずか45日間で崩壊しました。今年の夏、労働党は、保守党時代の混乱からの脱出をもたらしてくれるであろうとの楽観的な期待とともに、過半数の支持を得て政権を奪取しました。

しかし、これまでのところ様々な課題への対応における無能さが露呈してきたことで、スターマー政権の支持率は急落し、新政権は信頼に値せず、政権に就く準備が出来ていなかったとの印象が広がっています。政治の世界において、信頼感は重要です。英国の政府財政は、フランス、さらに言えば米国よりも、比較的良い状態にあると言えるでしょう。

しかし、市場参加者は、労働党の財政計画に信憑性がなく、政権が信頼出来ないと感じれば、労働党は即座に不快な状態に置かれる可能性があり、現時点ではそのようにならないことを祈っています。

政治や地政学的な変動は高止まりしているものの、季節的な要因に加え、手元資金を有する多くの投資家が、アンダーウェイトしてきた社債に資金を回す動きが見られていることなどから、現時点では社債のアウトパフォームが続く可能性があるとみています。

今後の見通し

米雇用統計とCPIを消化し、月後半は経済指標面では静かな期間となるでしょう。そんな中、短期的には政治及び地政学的面が価格を左右する主たる要因になりそうです。

米国の選挙に関しては、賭けサイトでの予想がややトランプ氏勝利に傾いてきているようですが、下院は依然として民主党が獲得するとの見方が強いようです。そのような方向性は、トランプ氏が大統領令によって関税を強化することが出来るという点から、米ドルにポジティブとみられています。

我々も来月の選挙では、おそらくトランプ氏が勝利する可能性の方が高いとみています。中東情勢や、直近のハリケーンによる被害が、トランプ氏有利の状況につながっているとみています。バイデン政権はハリケーン「ヘレン」に対する対応でも非難を浴びました。ただし、選挙戦は極めて接戦であることは間違いなく、断定的な投資スタンスを取るには時期尚早であるとみています。

とは言いながらも、米国債のイールドカーブについてはスティープ化する可能性の方が高いとみており、長期債のショート・ポジションを通じて全体でも米国金利をショートしています。また、米国経済が比較的堅調な中でFRBが利下げを実施したことや、トランプ氏勝利、及び中東情勢の激化による原油価格の急騰に起因したインフレ上昇へのヘッジ・ポジションとして、ブレークイーブン・インフレも選好しています。

欧州でも、ブレークイーブン・インフレの取引を選好していますが、財政出動に対する各国の政治的同意が見られないことや、低迷する経済状況を踏まえて、金利に対して(米国よりも)より前向きな見方をしています。日本国債のショート・ポジションに関しては強い確信を維持しており、円については、魅力的な水準でロング・ポジション構築の機会を窺っています。

その他では、ソブリン債や社債のクレジット・リスクについてロング・ポジションを選好していますが、トランプ氏勝利となれば、クレジット債やリスク資産全般を高値で売却することを検討する一方、ハリス氏勝利となった場合には、下落局面で押し目買いを検討する方針です。

「ミルトン」に関して言えば、これが(ミルトン著の)『失楽園』のようにならないことを願ってやみません。ハリケーンによる被害の映像に胸を痛めながらも、「サンシャイン・ステート」と呼ばれるフロリダ州の見通しは引き続き明るいと信じています。対照的に、中東情勢はと言えば、残念ながらダンテの『神曲 地獄編』をも彷彿とさせるかのようです・・・

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